2012年07月30日

鳩山バカ丸出し、議員辞職セヨ怒

<消費増税>小沢氏と鳩山氏そろって批判
毎日新聞 7月29日(日)19時10分配信

 「国民の生活が第一」の小沢一郎代表と民主党の鳩山由紀夫元首相が29日、仙台市内で開かれた新党きづなの斎藤恭紀政調会長のパーティーにそろって出席した。小沢氏は「今の政治状況は国民の期待に反し、(09年の)衆院選での約束をすべて棚上げし、自民党と増税のための談合をしている」と述べ、野田佳彦首相の消費増税方針を改めて批判した。

 小沢氏は衆院解散・総選挙について「民主党が変質したなら、もう一度国民に信を問うべきだ。半年以内に衆院選となるだろう」との見通しを表明。鳩山氏も「消費増税に前のめりなことが心配でならない。マニフェストという言葉が死語になると心配している」と述べ、首相を批判した。

 小沢、鳩山両氏が公の場にそろって姿を現すのは小沢氏の離党後初めて。民主党宮城県連は次期衆院選宮城2区で現職・斎藤氏の対立候補として県連代表の今野東参院議員を擁立すると決めている。党員資格停止処分中の鳩山氏が斎藤氏を激励したことは、民主党内の批判を招きそうだ。【木下訓明】
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2012年07月15日

河上 満栄 給与ドロボー 皆で声を上げてデモを起こそう!

河上満栄.jpgimages3.jpgimages2.jpg河上 満栄(かわかみ みつえ、1971年5月28日 - )

京都府出身。神戸松蔭女子学院大学短期大学部卒業。日商岩井、全日空客室乗務員、ノースウエスト航空機内通訳を経て、第45回衆議院議員総選挙に比例近畿ブロック単独49位で出馬し、初当選。
当選後、慶應義塾大学法学部通信教育課程にAO入試で合格し、進学。
2010年6月11日、横路孝弘衆議院議長に辞職願を提出し、6月14日の本会議で辞職が許可され、衆議院議員を辞職。参院議員に鞍替えするため、同年7月の第22回参議院議員通常選挙に京都府選挙区から出馬した。小沢一郎前民主党幹事長が、定数2以上の選挙区に複数の候補を擁立した
河上満栄.jpg河上満栄.jpgn>第174回国会開会中の2010年4月1日から5月31日までの間に、衆議院本会議に出席したのはわずか1日だけだった。また河上は、所属する農林水産委員会、消費者問題に関する特別委員会にもそれぞれ1日しか出席していなかった。衆議院本会議や委員会を欠席した理由は明らかにされていないが、河上のブログの記述によれば、河上は国会会期中から既に選挙区変更に伴う選挙の準備を行っていた。129万7,000円の歳費、100万円の文書通信交通滞在費を毎月受給していたにもかかわらず国会に出席せず、選挙運動を優先させていた姿勢に対しては、複数のメディアが批判している。なお河上は6月に議員を辞職したが、歳費法の規定により河上には6月の期末手当約272万円も支給された。


(2010年6月10日22時15分 読売新聞)
参院選京都選挙区(改選定数2)にくら替え出馬予定の河上満栄 みつえ
・民主党衆院議員(39)(比例近畿ブロック、当選1回)が、立候補表明した3月31日以降、国会にほとんど出席していないことがわかった。
 京都府内で選挙準備をしており、読売新聞の取材に、「個人の判断ではなく、党の指示に従った。日々の活動は党の方針を訴え、府民の声を聞くというまさに政治家の仕事そのものだ」と話しているが、国会出席より選挙準備を優先させる姿勢には疑問の声も上がりそうだ。
 衆院事務局によると、河上氏は4〜5月に開かれた計15回の本会議のうち、4月6日の1回だけしか出席せず、残り14回は横路孝弘議長に欠席届を提出。所属する農林水産委員会、消費者問題特別委員会も同期間で出席は各1回だった。
 河上氏は参院選の立候補に伴う自動失職まで議員を続ける意向で、129万7000円の歳費と100万円の文書通信交通滞在費が毎月支払われ、6月30日には期末手当約272万7000円も支給される。
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2012年07月11日

「国民の生活が第一」太田和美

minsu4c5e6c5-s.jpgminsu4c5e6c5-s.jpg「国民の生活が第一」自分の生活はもっと大事
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2012年07月05日

小沢氏は「言っていることが180度違う」

小沢氏は「言っていることが180度違う」 自民・茂木氏
2012.7.4 16:30 [小沢一郎]
 自民党の茂木敏充政調会長は4日の記者会見で、消費税増税法案をめぐる小沢一郎元民主党代表の造反劇に関し「小沢氏が民主党代表時代にやろうとした大連立は何だったのか。あの時、小沢氏側から(自民党と)一緒に消費税増税をやろうということで話があった」と述べた。

 小沢氏が平成19年秋、当時の福田康夫首相に民主、自民両党による大連立を持ちかけた経緯があることを批判したものだ。茂木氏は、今回の小沢氏の言動に関し「言っていることが180度違う」と厳しく断じた。
posted by たこはち at 23:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

田中美絵子議員が増税賛成

.不倫報道の田中美絵子議員が増税賛成で師匠・河村市長が仰天2012.07.05

. . 衆議院での消費増税法案の採決で57人の造反者を出した民主党だが、増税批判をしていた中間派の議員たちの多くは保身のために賛成票を投じた。

 国土交通省幹部との不倫スキャンダルが報じられた田中美絵子氏も保身のために転んだ。衆院消費税特別委員会の委員だった田中氏は、「小沢さんから説得され、棄権か、反対する意向を伝えていた」(小沢グループ議員)という。ところが、不倫報道以来、姿を隠し、採決では賛成票を投じた。

 民主党中間派議員はこう語る。

 「石川県連内部では次の選挙で公認を取り消すべきだという声が上がっていた。造反すれば執行部に睨まれて次の選挙に出馬できなくなることを心配して賛成に回った」

 愛弟子の増税賛成を伝えられた減税日本代表の河村たかし・名古屋市長は、「ワシの弟子だったのにいつ“増税日本”になったんかい」と目をむいていたという。

 ※週刊ポスト2012年7月13日号

posted by たこはち at 23:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小沢一郎 離婚

「週刊文春 6月21日号- 便箋11枚の衝撃」 P26
 ●まだ強い余震がある中、お変わりございませんか  平成23年11月

この度の大震災ではさぞ御苦労があったと思います。ご家族ご親類はご無事でいらっしゃった
でしょうか。何のお手伝いもできず申し訳ありません。被害の余りの大きさに胸がつぶれる思い
です。長年お世話になった方々のご不幸を知り、何もできない自分を情けなく思っています。この
ような未曾有の大災害にあって、本来政治家が真っ先に立ち上がらなければならない筈ですが、
実は小沢は放射能が怖くて、秘書と一緒に逃げだしました。

岩手で長年お世話になった方々が一番苦しい時に見捨てて逃げだした小沢を見て、岩手や日本
の為になる人間ではないとわかり離婚いたしました。お礼の手紙にこのようなことを申し上げるの
は大変申し訳けなく、ショックを受けられると思いますが、いずれお話しなければと思っていました
ので、この手紙を差し上げました。お聞き苦しいと思いますが、今迄のことを申し上げます。

八年前、小沢の隠し子の存在が明らかになりました。●●●●●といい、もう二十才(注)をすぎ
ました。三年つきあった女性との間の子で、その人が別の人と結婚するから引きとれといわれた
そうです。それで、私との結婚前からつき合っていた★★★★という女性に、一生毎月金銭を払
う約束で養子にさせたということです。 注)21歳(男) 若いタレントに生ませた子

小沢が言うには、この★★★★という人と結婚するつもりだったが、水商売の女は選挙に向かな
いと反対され、誰れでもいいから金のある女と結婚することにしたところが、たまたま田中角栄先
生が紹介したから私と結婚したというのです。

そして「どうせ、お前も地位が欲しかっただけだろう」と言い、謝るどころか「お前に選挙を手伝って
もらった覚えはない。何もしていないのにうぬぼれるな」と言われました。あげく「★★★★とは別
れられないが、お前となら別れられるからいつでも離婚してやる」とまで言われました。

その言葉で30年間皆様に支えられて頑張ってきたという自負心が粉々になり、一時は自殺まで
考えました。息子達に支えられ何とか現在までやってきましたが、今でも、悔しさと空しさに心が
乱れることがあります。

「週刊文春 6月21日号- 便箋11枚の衝撃」 P27
 ●なんですぐ岩手に帰らないのか!



ところが、3月11日、大震災の後、小沢の行動を見て岩手、国の為になるどころか害になることが
ハッキリわかりました。3月11日、あの大震災の中で、お世話になった方々の無事もわからず、岩
手にいたら何かできることがあったのではと何一つできない自分が情けなくて仕方がありませんで
した。
 そんな中、3月16日の朝、第一秘書の川辺が私の所へ来て、「内々の放射能の情報を得たので、
先生の命令で秘書達を逃がしました。私の家族も既に大阪に逃がしました。」と胸を張って言うの
です。あげく、「先生も逃げますので、奥さんも息子さんたちとどこか逃げる所を考えてく下さい」と
言うのです。
 福島ですら原発周辺のみの避難勧告しかでていないのに、政治家が東京から真っ先に逃げると
いうのです。私は仰天して「国会議員が真っ先に逃げてどうするの!なんですぐ岩手に帰らないの
か!内々の情報があるならなぜ国民に知らせないか」と聞きました。川辺が言うには、岩手に帰
らないのは知事から来るなと言われたからで、国民に知らせないのは大混乱を起こすからだとい
うのです。

 国民の生命を守る筈の国会議員が国民を見捨てて放射能怖さに逃げるというのです。何十年も
お世話になっている地元を見捨てて逃げるというのです。私は激怒して「私は逃げません。政治家
が真っ先に逃げだすとは何事ですか」と怒鳴りました。川辺はあわてて男達は逃げませんと言いつ
くろい、小沢に報告に行きました。

 小沢は「しょうがない、食料の備蓄はあるから、塩を買い占めておけ」と言って書生に買いに行か
せました。その後は家に鍵をかけて閉じこもり全く外に出なくなりました。復興法案の審議にも出ま
せん。女性秘書と川辺の家族は1ヵ月余り戻ってきませんでした。2日遅れで届いた岩手日日には
3月15日国会議員6人が県庁に行き、知事と会談したとありました。

 彼らに一緒に岩手に行こうと誘われても党員資格停止処分を理由に断っていたこともわかりました。
知事に止められたのではなく放射能が怖くて行かなかったのです。



「週刊文春 6月21日号- 便箋11枚の衝撃」 P28 
 ●3月21日「東京の水道は汚染されているので料理は買った水でやってください」

3月21日「東京の水道は汚染されているので料理は買った水でやってください」と書生が言いにきま
した。しかしそのような情報は一切発表されていませんでした。私が「他の人と同じ様に水道水を使
います」と言いましたら、それなら先生のご飯は僕達で作りますと断ってきました。
 それ以来、書生達が料理をし、洗濯まで買った水で。東京都が乳幼児になるべく水道水を避ける
ようにと指示したのはその2日後です。 注)政府は23日PM3:00水道汚染発表

 3月25日になってついに小沢は耐えられなくなったようで旅行カバンを持ってどこかに逃げだしまし
た。去年、京都の土地を探していたようすですのでそこに逃げたのかもしれません。
 その直後、テレビやマスコミが小沢はどこに行った? こんな時に何をしているかと騒ぎだし、自宅
前にテレビカメラが三、四台置かれ、20人位のマスコミが押しかけました。それで、あわてて避難先
から3月28日に岩手県庁に行ったのです。ご存知のように被災地には行ってません。4月に入ってか
らも家に閉じこもり連日、岩手若手議員を集めて酒を飲みながら菅内閣打倒計画をたて始めました。
菅さんが放射能の情報を隠していると思ったらしく相談を始めました。自衛隊幹部や文科省の役人に
情報収集をしたようですが、発表以外の事実は得られず、それなら菅内閣を倒し、誰でもいいから首
相にすえて情報を入手しようと考えたようです。この結果、不信任決議がだされ政治が停滞したこと
はご存知と思います。

 この大震災にの中にあって何ら復興の手助けもせず、放射能の情報だけ欲しいというのです。本当
に情けなく強い憤りを感じておりました。実は小沢は、数年前から京都から出馬したいと言い出してお
り後援会長にまで相談していました。もう岩手のことは頭になかったのでしょう。



「週刊文春 6月21日号- 便箋11枚の衝撃」 P29
 ●放射能をおそれて魚や野菜を捨てた

こんな人間を後援会の皆さんにお願いしていたかと思うと申し訳なく恥ずかしく思っています。更に5月
には長野の別荘地に土地を買い設計図を書いています。多くの方々が大切なご家族を失い何もかも流
され仮設住宅すら充分でなく不自由な避難生活を送られている時に、何ら痛痒を感じつ、自分の為に非
難場所の設計をしています。建設会社の話しではオフィースゼロという会社名義で土地を買い、秘書の
仲里が担当しているということでした。天皇・皇后両陛下が岩手に入られた日には、千葉に風評被害の
視察と称して釣に出かけました。

 千葉の漁協で風評がひどいと陳情を受けると「放射能はどんどんひどくなる」と発言し、釣りを中止し、
漁協からもらった魚も捨てさせた。風評で苦しむ産地から届いた野菜も放射能をおそれて鳥の餌にする
他は捨てたそうです。

かってない国難の中で放射能が怖いと逃げたあげく、お世話になった方々のご不幸を悼む気も、郷土
の復興を手助けする気もなく、自分の保身の為に国政を動かそうするこんな男を国政に送る手伝いをし
てきたことを深く恥じています。
 長い間お世話になった皆さんにご恩返しができないかと考えています。せめて離婚の慰謝料を受け取
ったら岩手に義捐金として送るつもりです。今岩手で頑張っている方々がすばらしい岩手を作ってくれる
ことを信じています。

 ご一家には、本当に長い間お励ましお支え頂きましたことを心から感謝しております。ありがとうござ
いました。7月には別の所に住所を移しました。ご一家のご多幸を心より祈り上げております。


小澤和子


posted by たこはち at 23:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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